HOME / スマート
Powered by カーセンサーnet Webサービス
一致するデータはありませんでした。
淀屋橋百番へのアクセスとクーポン印刷はこちら。淀屋橋百番のメニューも確認できます。
ネパール料理 Yak&Yeti ヤク&イエティを写真でチェック。店内の様子や料理・メニューを写真で確認できます。
猿えんの詳細情報はこちらから。メニューやドリンク、おすすめレポートなどの口コミ情報も満載です。
ごうかい寿司への地図、クーポン情報ならこちら。
コロッケ倶楽部 アサノパティオへのアクセスとクーポン印刷はこちら。コロッケ倶楽部 アサノパティオのメニューも確認できます。
栗の木の詳細情報はこちら。フォトギャラリーでお店のイメージがわかりやすく掲載されています。
TRIP 下北沢 Resort Dining Barを写真でチェック。メニューやドリンク情報を確認して準備は万全!
アラビアンロック 大宮店のお得なクーポン。アラビアンロック 大宮店の写真が満載で店内の雰囲気がわかります。
Bella , Bella! ベッラベラ 溝の口店の料理、お得なコースメニューはこちらから。
風風亭 町田店に行く前にクーポンをゲット。ここから印刷できます。
Powered by 旅行のクチコミサイト フォートラベル
バンコクから南へ3時間半ほどにあるリゾート地Huahinへ行ってきました。
有名なパタヤとは丁度位置的に対岸になります。
パタヤとは全く違い静かな大人のリゾートといった感じです。
Hyattは街の中心から少し南に離れた海辺に建っています。
非常に静かな海の前でホテルは上品な雰囲気です。
オープンエアーのフロントでは女性マネージャーの丁寧なお迎えがありました。
タイ人にしてはスマートでそつのないサービスをしてくれました。
部屋は改装されたばかりのプレミアスイートで大きなリビングが特徴的です。
部屋の割にテレビが小さく残念。
また、浴室と寝室は開放できる構造になっていました。
海を見渡せるテラスでの朝食はとても素敵な時間でした。
併設されている海辺のレストランもなかなか良いお味。
只、お値段は結構しますね。
また、全体的にサービスは洗練されておりタイのレベルではかなり高いと思います。
尚、スタッフの中には平均点以下の対応をする方もいましたので何かあればマネージャーに直接お話しすることをお勧めいたします。
バンコクのエラワンHyattからシャトル送迎がありこれを利用すればきれいな車で一人僅か500Bで往復できます。
ホアヒン市内へは少し歩いたところから流しのソウテウが沢山ありますので不便しないと思います。
大人のリゾートでゆっくりしたい方にお勧めします。
2010/09/03 12:09:04
乗り継ぎだけのつもりだったのに、出会ってしまいました。
チューリッヒ初上陸。たった14時間の出会いでしたが、心に残る街となりました。
歴史的地区の優美な建造物、チューリッヒ湖~リマート川の水の都の美しさ、親切で穏やかな国民性、そして一方、若いビジネスマンがスマートフォン片手に闊歩する、金融・商業の中心地としての活気。
経由地だけではもったいない!皆さんには2泊することを是非おすすめしますが、ここでは、私のたった14時間のチューリヒの楽しみ方をお伝えしたいと思います。
2010/08/30 05:08:59
今まで車の工場見学に行った事が無かったので、“JAF”会員を利用して福岡県京都郡苅田町にある日産九州工場の見学に行ってきました。
土日の見学はやっていないので、平日のみ自分で日産に予約して見学となります。
この日も写真を沢山撮るぞ!と意気込んでいたら、やっぱり工場内は撮影禁止なのね。
まず簡単に行程を説明すると、プレス→溶接→塗装→取り付け→出荷となり、プレスと溶接は安全面から見学できませんでしたが、スポット溶接は見学できました。
数十台並んだ車に4機のロボットが一斉に溶接を始める光景はまさに圧巻です・・・いや、ターミネーターの実写版を見ているようでした。
見る物すべてが初めてな私は、車がこうやって出来るのかーと感動しまくり。
しかし、見学時間が1時間30分しかないので、ゆっくり見られないのが悔やまれました。
多分、ゆっくり見ていたら1日で終わらないかもしれませんが、
最後のアンケートでこのことを書かせて頂きました。
その後、行橋市に昼食を食べ、また中津市にも近いので唐揚げを買って、温泉に入ってきた事は言うまでもありません。(笑
2010/08/30 09:08:52
オンフルールの旧ドック 2008.10.10
旅行写真紀行 Travel Photo Essay
2008ノルマンディー・ブルターニュの旅③オンフルール
──────────────────────────
私が写真を撮る際に最も大切にしているのは、被写体そのものよりも、そこに反射する光が作り出す輝きと陰影です。それが私が画家クロード・モネを好きな大きな理由です。
光の画家モネ(定説のようです)の「ルーアン大聖堂」連作や「積みわら」シリーズ、新国立美術館で公開中(8月16日まで)の「日傘を持った女」(2枚セットの1枚)、などが特にその光をモチーフにした作品と言われています。
私の今回のシリーズでもルーアン大聖堂、エトルタの崖、オンフルールのドック、モンサンミッシェルの朝夕などの撮影で光の捉え方に意を注ぎました。
旅行記を読み、写真をご覧いただくときに思い出していただければ嬉しく思います。
また旅先の雰囲気(臨場感)を出すため、できるだけ人物を写し込むことに心がけました。
─────────────────────────────
2008年10月7~16日(ノルマンディー、ブルターニュ、パリ)
今回の旅行は印象派を代表する画家クロード・モネが幼少時代から43歳で睡蓮の池で有名なジヴェルニーの家に移るまで主に活動したル・アーヴルおよびオンフルール、エトルタなど周辺の町を中心としたノルマンディー地方と世界遺産モンサンミッシェルが有名なブルターニュ地方を訪れました。(①~⑥を予定しています)
2008年10月10日(金)
ルアーブルからオンフルール行きのバスは午後までないので、仕方なくタクシーに乗った。
セーヌ川の河口に架かるノルマンディー橋経由で30分もかからないのに、往復の橋の通行料を含めて53ユーロもとられた。
この橋は午後遊覧船で下から見上げた。
オンフルールのホテルは昔の宿駅舎(宿場宿)を改造したというDiligence Hotelで庭に面した入り口側にしか窓がない。金網入りでもないガラス1枚で隔てているとは少し気味悪い。
でもバスタブがあるのにはほっとする。
昼近くになってターナー、コロー、モネ、クールベなど多くの画家が題材にしたという旧ドック、今はヨットハーバーになっている港の中心部へ向かった。
ホテルからは5分もかからない。帆をたたんだ白いヨットが多数係留されているが、天気がよすぎてこの時間帯では風情がない。
街中の狭い石畳の小道を進むとGalleryがやたらと多い。なぜかよくわからないが、むかし多くの画家たちがこの地で活躍したことに関係あるのかもしれない。ステンドグラスの看板など面白い写真がいくつも撮れてよかった。
ドッグ西通りに面したレストランの陽の当たるテラス席で昼食。ムール貝と白ワイン。16cmほどの深鍋いっぱいのムール貝には驚くばかり。小粒だが味は絶品で50個食べて残りを数えたら22個、全部で72個もあった。
遊覧船の予定がなければワインをお替わりし、完食間違いなしでした。
14:30発のノルマンディー橋遊覧船に乗った。
(8ユーロ)港からセーヌ川へ出るところに水門があり、世界屈指の(14mにも及ぶ)潮位の差を調節している。
橋は2本支柱のハープ橋で、橋桁は細くスマートに見える。橋の下をくぐってUターンする遊覧船は年配の観光客で満員で、秋の日差しを浴びながら1時間の舟遊びを楽しんだ。
水門の開閉で生じる激流に驚く魚を目当てにかもめが寄ってきて、狙いを定めては水中にダイブするのが面白い。
船を下りた頃には太陽も西にまわり、ドッグ沿いの建物からも直射日光が消え、白いヨットが引き立つような良い雰囲気に変わっていた。陽射しを避けた椅子を探してミルクティー(テオレ)で一休みした。
ホテルに戻って明日のモンサンミッシェル行きのタクシーの手配の相談をした。フロントの青年はタクシーは高いのでと、列車の時刻をSNCF(フランス国鉄)のサイトでいろいろ調べてくれたが都合のよいのがないので、結局60Km先のカーンまでタクシーを使うことにして料金(140ユーロ)を聞いて予約した。
頃を見計らってドックの夜景を撮りに出かけた。昼間とはまったく違うひっそりとした通りの建物の光が水面に長い光跡を映し、ヨットも静かに眠っているようだ。昼食と同じ通りのレストランですずきのグリルと白ワインの夕食。(25ユーロ)9時半ごろホテルへ戻った。
撮影 CANON EOS40D EF-S 17・85IS USM
編集・公開 2010.8.26
2010/08/29 02:08:44
<2005年12月18日(日)>
旅行2日目となりました。今日はバンコク市内の見学を当て、翌日に近郊のアユタヤ遺跡見学の予定です。HI*さんの市内の名所早巡りツアーに参加者は4名だったようですが、3名で出発しました。別のホテルの1名の方が時間に間に合わず、大分待ちぼうけとなりました。朝のラッシュが迫っていましたので、ご本人にもガイドさんから連絡してもらって、結局ワゴン車は、見切り発車となりました。
<ホテルの朝食、早朝の散歩>
昨晩は、比較的早く就寝しましたので、4時には目が覚めました。余り早く起きても仕方ありませんので、結局起き出したのは5時45分でした。
朝食のメニューを少し紹介しておきます。洋食とタイ料理が主体のバイキング方式です。大きなホテルですから、席も余裕を持って配置してありました。品数も豊富でした。
暖かい国ですから、果物類も種類が豊富で、味の方も申し分ありませんでした。普段は余り果物を食べませんが、こんな時は別です。各種の果物を少しだけカップに盛って、食後のフルーツを楽しみました。トロピカルなフルーツのほか、スイカなども出されました。その数は10種類以上でした。細かく数えれば20種類近かったかも知れません。
食事の後は、カメラを持って早朝の散歩に出かけました。市内見学の車が迎えに来てくれる7時半に、まだ1時間以上の余裕があったからです。扉が開かれていた公共施設のような大きな屋敷の入口付近で花の写真を撮っていましたら、中から黒塗りの公用車がゆっくり出てきました。どうやら高級官僚の官舎だったようです。車が出て行った後、その門はぴったりと閉ってしまいました。
<ガイドさんからお聞きしたタイ王国事情>
最初に、お聞きしたことを箇条書で記しておきます。内容についての統一性はありません。メモした順番です。
?女性と、男性では挨拶は違います。男性の場合、サワッディー・クラ(ップ)です。朝も昼も使えます。
?バンコクでは、雪は降りません。(以下、気候はバンコクの場合)
?一番暑いのは4月です。昨年(2004年)は41度Cになりました。
?12月と1月がベストシーズンです。
?タクシーの初乗り料金は35バーツ(約100円)です。その後は100mごとに2バーツです。
?タクシーで黄と緑のツートンカラーは個人、その他は会社所有です。
?メーターの無い、ツック・ツックと言う乗り物もあります。
?高架電車はスカイトレイン、BTS等と呼ばれています。運行時間は朝の6時から、夜の12時までです。
?サイアム駅付近が中心街となります。
?国民の95%が仏教徒です。タイでは小乗仏教です。
?全国で約2万のお寺があります。
?お坊さんは結婚できません。尼さんもいます。
?お坊さんは、一切アルコールは禁止されています。飲むと、それまでの修行が全て駄目になると考えます。
?男子は21歳で徴兵制があります。
?徴兵は全員ではなく、くじ引きで決めます。
?黒い籤が75%、赤い籤が25%あり、赤い籤を引くと2年間の兵役となります。(4人に1人)
?男子は、一定期間仏門に入る義務が生じます。
?日本の車で多いのは、トヨタ、ホンダ、日産、三菱の順です。三菱は急激に減っています。
?1戸建て住宅の値段は約100万バーツです。
?タイ国旗の青は王様、白が宗教(仏教)、赤が国を表しています。
紹介は以上にしておきますが、王様のことや、閣僚のことなども色々とお聞きしました。ラーマ九世であるプミポン国王は、来年(2006年)、在位60年を迎えられるので、世界中の君主国へ招待状を出される予定との話題も出ました。勿論、日本もその中に含まれていますが、全部で21、2カ国のようです。
その後の人本の新聞記事で、プミポン国王から正式に招待状が届いたことが報道されていました。
<ワット・アルン>
最初にワット・アルンの紹介です。ワットの文字が度々出てきますが、これはお寺のことです。ワット・アルンの正式名称はワット・アルン・ラチャクラーラムです。通称、『暁の寺』とも呼ばれ、日本でも三島由紀夫の小説の題名で有名になったお寺です。
そのワット・アルンへの近道は海上交通です。ター・ティアン船着場からの出発となります。ほとんど真直ぐに川を横断するだけですから、10分とはかかりません。川を高速で上下する船を避けての横断です。
全体の構成は、ヒンズー教の神々が住むといわれる神話上の山、須弥山(しゅみせん)を模しています。中央の大仏塔は高さが79mあり、その四方に小さな仏塔が配されています。創建はラーマ1世の時代に遡り、その後、歴代王によって、増改築が繰り返されました。その結果、現在ではタイ国最大のクメール様式の仏塔(プラーン)となっています。
現在は大仏塔の上部への立ち入りは制限されていますが、途中までは急な石段を登ることが出きます。視界が開け、また別の世界が見えてきました。大仏塔を囲む四方の小仏塔の中段辺りには、それぞれに別の仏像が飾ってありました。遠くから見た限りでは、騎馬像のようにも見えました。
次に大仏塔の装飾についても少し紹介しておきます。ガイドブックにも載っていますが、彩色陶器片が全体に散りばめられています。ラーマ4世が寄贈された夥しい中国陶磁器です。デザインされているのは、花や植物です。陶磁器片だけでなく、割れていない皿もふんだんに使われています。
仏塔を覆うこれらの陶磁器が、朝日を受けて神々しく輝く様は、『暁の寺』の由縁となりました。
陶磁器片の飾りのほかに触れておきたいのが、彫像です。その数も夥しく、しかも多彩です。壁に刻まれた白いレリーフもありますし、独立した像、塔を支えるようにデザインされた像などもあります。それらの像もまた、陶磁器片で飾ってあります。
<ワット・プラケオと王宮>
ワット・プラケオは、タイで最高の地位と格式を誇る仏教寺院であり、王室の守護寺です。王室専用であり、タイでは、唯一僧侶のいない寺院です。ヒンズー教の神話をアレンジしたラーマキエン物語の描かれた本堂には、高さ66cmの翡翠でできた本尊が安置されています。
そのワット・プラケオに隣接して、王宮があります。今回の見学では、大掛かりな修復作業に入っているようでした。白壁に囲まれた20万平方の敷地内には、歴代の王により建立された、きらびやかな宮殿群が建ち並んでいます。それぞれに時代の芸術の贅を尽くして建造された建物や調度品には、金や宝石が散りばめられ、権力と財力の象徴を今に伝えています。現在は、国家的儀式や祭典、迎賓館として利用されています。
見所が多い見学場所ですから、ガイドさんからざっと説明をお聞きした後で、集合場所と時間を決めての自由行動となりました。御本尊は撮影が出来ませんから、ガイドさんが手にした写真を、見せてもらいながらの説明をお聞きしました。
最初にエメラルド寺院の本堂から紹介しておきます。履物を脱いで中に入ることが出来ますが、御本尊が安置されていますから、写真撮影は禁止されています。ご本尊のエメラルド仏は、高い位置に安置されていますから、細部までは、良く見えません。年に3回、国王自らが、お召し替えをされる儀式が有名です。
全体が黄金の輝きを持つプラ・スィー・ラタナ・チェディも見ものです。ラーマ四世がアユタヤのワット・プラ・スィー・サンペットを模して建立されたものです。内部に仏舎利が安置されていますが、非公開です。
この他にも、屋根が段々と重なったタイ様式、とうもろこし形の尖塔のクメール様式、先端が細くなるスリランカ様式などの建物と、その外壁に施された多彩な装飾も、全く見飽きることがありません。
<お決まりコースの後、市内散策>
バンコク市内の主な見学場所は、ワット・アルンとワット・プラケオでした。その後ではお決まりの免税店巡りなどでした。お断りしたくても、ツアーの場合は、半分は義務のようなものですから、お付き合いは仕方がありません。宝石製造工場の見学の後、免税店での解散となりました。私の場合、夜のディナーショウを申し込んでいましたから、それまでの間が自由行動です。
自由行動になった後は、BTSを使って市内見学をしました。バンコクに到着した昨晩、既に経験済みでしたから、BTSも地下鉄利用も全く問題ありません。色んな都市を訪れた時の私の楽しみにもなっています。
気温は30度近くに上昇していたようです。汗をかきながらの市内見学でした。日陰で寝そべっている犬も見かけましたが、暑さで参っている風にも見えました。概して、タイでは犬が大切に扱われているようです。犬さんの方も、穏やかな顔つきばかりでした。
<古典舞踊のディナーショウ>
昨日、HI*のガイドさんに、オプショナルで、夜はタイ古典舞踊のディナーショウを申し込んでいました。折角、タイへやって来たのですから、古典舞踊も鑑賞しないわけにはいけません。夕方6時にホテルまで迎えに来てもらう約束でした。時間を守ってくれるガイドさんですから、いつも10分前には、約束の場所に行くことにしました。
ディナーショウの写真が紹介できないのが残念です。実はこの時撮った写真が、カメラごとスリにあったためです。二部構成で、第一部が叙事詩の仮面舞踊、第二部がスコータイダンスでした。
ここで、簡単にタイの古典舞踊等について、紹介します。下の写真の左側は、愛知万博の際にタイ館で披露された南部の古典舞踊です。劇の前奏曲としての踊りです。「サット」と南部の古典劇である「チャートリー」の形式を踏まえた古典舞踊です。軽快な太鼓の音に合わせた早いテンポでの踊りです。
右側の写真は、インターネット情報から転載した古典舞踊です。当日の舞踊も、この場面に類似していたように記憶しています。
<78歳の現役スキーヤーの母と娘さんのこと>
HISのツアーで御一緒になった方についての紹介です。投宿したホテルも御一緒だった方です。2日目の半日市内観光もご一緒になった方です。母娘のお二人でしたが、お母さんの方が自分から年齢を紹介されて、78歳の方だと言うことが分かりました。
実にお元気な方で、歩き方も若い人には引けをとらない方でした。現役のプロスキーヤーであることが、その理由でした。世界的な冒険スキーヤーで登山家の三浦雄一郎のお父さんである、敬三さんともスキー仲間だと話されていました。
その三浦敬三さんが、『ここ1年ほどで、急に弱ってしまわれたので心配しています』と話されていました。その心配されていた敬三さんが、この旅行の翌月、年が明けた1月5日に多臓器不全のため、101歳で他界されました。謹んで御冥福をお祈りします。
その後、亡くなられた三浦敬三さんの追悼番組が放映されていましたので、奇しき縁だと思って、そのテレビを最後まで見ていました。ご高齢になられても筋肉を鍛えられる姿に、畏敬の念が湧きました。
そのプロスキーヤーのお母さんは、ロシヤに行ったり、カナダに行ったりと、寒い国にばかり旅行していて、暖かい国への旅行は初めてだと話されていました。語学が達者なようでした。一人旅も出来る方だとお見受けしました。
また、最近、ご高齢で亡くなられたご自身の義理の母のことについても、お話を聞くことが出来ました。嫁と姑の関係です。40年以上お世話になって、最初は辛いこともあったようですが、本当に、いろんなことを教えて頂いたと、心から感謝されていました。私に話しながら、傍らの娘さんに教えられていたのかも知れません。お二人は、姓が違っていましたから、普段は別々に暮らされているようでした。
ワット・アルンで
暁の塔を見詰て渡る川岸辺に立りラーマ九世
須弥山を現世に現す尖塔に真を籠し陶器は数多
ワット・プラケオで
黄金の尖塔長く天に伸び静に咲ける蓮の花あり
縁起絵に見惚て暗き回廊に喧騒暫し耳を離るる
2010/08/29 06:08:19